王宮に入りとある一室に通されるとそこにはエルミアが待っていた。
「アキツグ!ロシェ!来てくれて嬉しいわ」
こちらに気づいたエルミアは駆け寄ってくるとロシェに抱き着いた。
『ちょっと、急に抱き着かれたらびっくりするでしょう。まったくもう』
ロシェはやれやれといった感じだが、嬉しそうにされるがままになっている。
ゴドウェンさんは気を利かせたのか部屋の外で待機してくれるようだった。「あら?そちらの方は?」
そこで漸くカサネさんの存在に気づいたようでミアが尋ねてきた。
「初めまして。冒険者のカサネと申します。お会いできて光栄です」
そう言うとカサネさんは丁寧にお辞儀した。
「初めまして。私はエルミアよ。アキツグさん達の仲間なのよね?今はプライベートだしそんなに畏まった挨拶は不要よ。気楽にして頂戴」
「え、えぇと・・・はい。分かりました」カサネさんはしばらく視線を彷徨わせていたが、俺達の様子を見て観念したのかそう返した。
「なんにしても、ミアが無事に戻れていたみたいで安心したよ。南でも戦闘があったみたいだから心配していたんだ」
「そうなの。あの後カルヘルドを出た後も襲撃者達に襲われてね。流石に真正面からぶつかっては勝てないと悟ったのか途中で引いたみたいだったけれど」そう言いつつもまだ何か気にかかることがあるのかミアの表情は晴れない様子だった。
「何か気になることがあるのか?」
「う~ん。なんだか王宮に戻ってからも偶に誰かの視線を感じる気がするのよね。王城内に怪しい人物が居れば分かるはずなんだけど」何だか不穏な話になってきた。もしかしてまだ例の襲撃者の連中が諦めずに何かを企んでいるのだろうか?
「そういえば、例の襲撃者達については何か情報掴めたのか?」
「あぁ、あの連中ね。こちらでも何名か捕まえたんだけど、下っ端には詳しいことは何も知らされていないみたいでね。結局何も分からなかったわ」 「そうなのか。だとするとまだミアが狙われている可能性もあるのかもしれないな」 「そうね。こ「えっ?それじゃ、カサネさんはロシェの言葉分かるようになったの!?」 「はい。アキツグさんのスキルのおかげで」以前にミアがロシェと話したいと言っていたので、知識の交換の部分については話すことにした。「え~いいなぁ。知識、知識かぁ。流石に国の内部に関わることは渡すわけにはいかないし。私個人で出せるもの・・・う~ん・・・」彼女は必死に考え込んでいるが、なかなか良い案が出ないらしい。王女といえば専門的な知識は王族に関わるものが多くなるのだろう。「まぁ、そこまで無理して今考えなくても・・・」 「ダメ、せっかくのチャンスだもん。私もロシェと話したい!」今すぐじゃなくてもと思い提案した俺の意見も言い終わる前に却下された。 それほど彼女にとっては大事なことらしい。「そうだ!私が今まで書き留めたこの王都と王国周辺の情報と交換ならどうかしら。大陸地図もあるわよ。記載があるのは調査済みのところまでだけど」そう言いながら彼女は部屋の隅にあった棚の引き出しから紙束と地図を取り出して持ってきた。「情報って大丈夫なのか?」 「あぁ、情報って言っても機密的なものではなくて。私個人が趣味で調べたものよ。王都のお勧めポイントとか周辺の町や村に行ったときに知ったこととかね」そう言って彼女が見せてくれたのは確かに一般の人でも知り得そうなものだった。 昨日カサネが絶賛した洋菓子店のことも記載してある。 そして大陸地図、これもかなり遠方の情報まで記載されていた。 今まで行き当たりばったりで行動していた俺からすれば是非とも欲しいものだった。「「相手が王都ハイロエント及び周辺地域の情報の交換に同意しました。ハイドキャットの言語と交換可能です」」カサネさんの時と同様にそんな声が聞こえてきた。「交換できるみたいだ。俺としても有難いし交渉成立だな」 「本当?やった!ロシェ、私もお話しできるようになったよ!」話を聞いていたロシェはミアの方に近寄って顔を摺り寄せた。『良かったわね。私もミアと話せるよう
慎重に扉を開けるとそこには地下への梯子が掛かっていた。梯子の下の方も真っ暗なので、降りた先にまだ道があるのだろう。 梯子を下りて、少し先に進むと先の方に小さな明かりが見えた。『気を付けて何人かいるわ』ロシェの言葉により注意して進む。足音はしないが何かを蹴飛ばしてしまったら、そちらの音まで消すことはできないからだ。 そうして近づくと段々と男の怒鳴り声が聞こえてきた。「何やっているんだ。慎重に行動しろと言ったはずだろう!襲い掛かった挙句、捕まえることもできずに逃げ帰ってきたとは。お前は計画を台無しにする気か!」 「い、いやだから慎重に行動したんですよ。商人の男一人だけになったところで角から不意打ちするところまでは上手くいったんです。なのに、男が何かしたようにも見えなかったのに突然手に痛みが走ってナイフを落とされたんです」逃げてきた男は必死に弁明していた。「そんなわけがないだろう。今まで見た限り奴はただの商人だ。そんなことができるようには・・・いや、待て。そうかハイドキャットか」 「ハイドキャット?」 「奴らには従魔登録したハイドキャットが居るらしい。まったく姿を見せないから偽情報か別行動でもしているのかと思ったが、ずっと姿を消したまま同行していたのか」上司らしき男の言葉に周りの男達も含め動揺の声を上げる。「な、何でそれを教えてくれなかったんですか?それさえ知っていれば俺だって安易に襲い掛かったりしなかったですよ!」 「黙れ!ならお前はハイドキャットの生態を詳細に知っているのか!長時間隠密行動ができるのならいつ居て、いつ居ないかの判断などできんだろう。それに言い訳したところでお前の失敗した事実は覆らん」 「そ、そんな・・・」男はそれ以上何も言えず沈黙した。「まぁ、済んだことは仕方ない。あくまで奴らを人質に取るのは囮用の計画だ。主目的に支障はない。二日後、内通者の手引きで王城内部に侵入する。そのまま深夜まで待機し、モルドナム国王を暗殺して内通者と共に脱出する。その日、兵の食事には内通者が睡眠薬を混ぜる予定になっている。起きている者もいるだろうが
朝になると俺達は早めに宿を出て王城まで向かった。 少しでもミアが会うための時間を作りやすくするためだ。王城の入り口に着くと兵士さんにゴドウェンへの繋ぎを頼んだ。 しばらくすると奥からゴドウェンがやってきた。「なんだ?今日は面会の約束は聞いていないが」 「それなんですが、実はこのハイドキャットをエルミア様に献上しようと思いまして。昨日話している時に大変気に入られた様でしたので」俺の言葉を聞くとゴドウェンさんはロシェの方を見た。今日は最初からロシェに姿を見せて貰っていた。「ふむ。そいつをか。まぁ確かに大人しそうだが、お前は良いのか?」 「もちろんです。エルミア様に気に入って頂ければなによりですので。それで急な話で申し訳ないのですが、本日エルミア様にお時間を取って頂けないかと」 「今日か?それはまた難しいことを言うな」 「申し訳ございません。私達にも予定がありまして。無理にとは言いませんのでエルミア様に聞くだけでも聞いていただけないでしょうか?」無理がある話なのは理解している。だが何とか通さないといけないのだ。 俺はなるべく不自然にならない様にお伺いを立てた。「まぁ、聞くだけなら聞いてみよう。そこの部屋でしばらく待っていてくれ」そう言ってゴドウェンさんは王宮の方へ向かっていった。 俺達は言われた通り部屋に入って返事を待った。(とりあえず、第一段階はクリアか。あとはミアがこちらの意図に気づいてあってくれればいいが)しばらくしてゴドウェンさんが戻ってきた。なんだか少し腑に落ちないという様子だったが、「姫様がお会いになるそうだ。今からで構わないという話だから案内する」と返事が返ってきた。 良かった。これで何とかなりそうだ。 その後、昨日と同じように王宮のミアの部屋まで案内された。「エルミア様、彼らを連れてきました」 「ありがとう。あなたは下がっていて」 「承知しました」というとゴドウェンさんは昨日と同じように部屋の前で待機した
宿に戻った俺達は、その日は念のため同じ部屋で交代で眠ることにした。 今更俺達を襲うことはないと思ったが、万が一があってミアの足を引っ張ることだけは避けたかったからだ。 結果としては予想通り、何事もなく朝を迎えた。「さて、今日が本番だが俺達はいつも通りに振舞うしかないか。もどかしいな」 「そうですね。自分達だけが何もできないのはもどかしいです。でも、今日はそれが私達にできることですから頑張って自然体を装いましょう!」カサネさんが敢えて楽しげな声でそう言った。 そうだよな。俺達が変な態度を取って、奴らに気づかれでもしたら最悪だ。「あぁ。折角だしミアが教えてくれたこの街のおすすめポイントでも回るか!」 「えぇ、そうしましょう」俺もその声に合わせるようにしてそう言った。 悔しいが俺達にできることはないのだ。割り切ることも大事だろう。-------------------------------- Side.エルミア(ここからはエルミア視点のお話になります)アキツグたちと別れた後、私はまずゴドウェンに事情を説明し近衛兵達に夕食は控えめにして、眠たげな様子を見せるように指示を出した。 睡眠薬の混入を止めれば簡単だが相手に気取られては意味がないのだ。 そして私自身はさも手に入れた希少なハイドキャットを見せびらかしたい風を装いながら、手当たり次第に皆のところを回っていった。 これも特定の人物のところだけを当たって怪しまれないようにするため。その中で信頼の置けるものにだけ作戦を伝えた。 夜になったら私は何も知らないふりをして寝たふりをするしかない。最後を他の人達に任せるしかないのはもどかしいが、私が行っても足手まといにしかならない。 だから、私にできるのはいざという時に人質にならないよう自分の身を守ることだ。 深夜になると、王宮内が俄かに騒がしくなる。計画が実行されたのだ。(お父様、ご無事かしら)敵の規模、そして内通者が誰か分からなかったのが不安材料ではあるが、計画自体は割れているのだ。防ぐことはそ
朝になって俺達が待ちきれずに王城へ向かおうとすると、そこにちょうど兵士の一人が伝言を伝えに来た。 どうやら国王の暗殺計画は失敗に終わり、ミア達も無事だったようだ。 それは良いのだが、何故か俺達が功労者として国王との謁見を許可されたという話まで一緒について来ていた。「えぇ、、どうする?これ」 「どうするも何も、私達に断る権利なんてないと思いますよ」困惑する俺に対して、カサネさんも同じように動揺しながらもどうしようもない事実を告げる。「そうだよな。国王様からの謁見の招待を断るなんて、よほどの理由がないと無理だよな・・・」ミアとは出会った状況が特殊だったから、その後もそれほど気負わず付き合えているが、いきなり国王と知ってる相手となると恐れ多さが出てきてしまう。「私も気持ちは分かりますが、あのミアさんのお父様なのですし少なくとも悪い方ではないと思いますよ」 「まぁ・・・そうかもな。それに功労者として呼ばれてるわけだし、変なことにはならないはずだよな。緊張はするけど」 「えぇ。礼儀に気を付けて言われたことに応えさえすれば大丈夫だと思います」カサネさんにそう言われて俺は気づく。「俺、この国の礼儀作法とか全然分からないぞ!?」 「そう言われると私も不安かも。商業ギルドで聞いてみましょうか」 「何で商業ギルドなんだ?」 「何となく冒険者ギルドよりは、礼儀が大事な気がしません?あと情報を聞くならギルドが一番無難かなと思ったんです」確かに。一番良いのは王城の人だろうが、昨日の騒動が収まっていない今言っても邪魔になるだけだろう。そういう意味ではギルドは正しい判断だと思う。「そうだな。商業ギルドで聞いてみるか」やるべきことが決まったところで早速商業ギルドに向かった。 流石に王都にあるギルドだけあって謁見の際の作法についても知っていた。 二人で少量の謝礼を払い簡単な講義を受けた。 幸いなことにそれほど難しい内容ではなかったので、これなら大丈夫だろう。 その後も衣装など、失礼にならない程度
「時間もあるし、とりあえず私の部屋に戻りましょ」とミアが自分の部屋へ案内してくれた。「改めて、皆ありがとうね。お蔭で私もお父様も無事で事態を解決することができたわ」 「上手くいったみたいで良かったよ」 「本当に。あの夜は気になってあまり眠れませんでした」 『ミアは少し危なかったけどね。兵士さんが駆けつけてくれて良かったわ』ロシェの発言に俺とカサネさんは驚いた。ミアは少しばつが悪そうにしている。 俺達は二人からあの夜何があったのかを聞いた。「攫われる一歩手前じゃないか。ロシェに頼んで正解だったな」 「えぇ。対策はしたつもりだったけど、あの人数は想定外だったわ」 「それにしてもミアも魔法が使えたんだな。この前の道中では見なかったけど」 「なるべく知られたくなかったからね。本当にいざという時以外は使わない様にしていたの」そういうミアは少し申し訳なさそうにしていた。あの時のミアは依頼人みたいなものだったし、護衛も居たのだから彼女が謝る理由はないのだが。「別に気にする必要はないさ。あの時ミアは護衛対象だったしな。それに予想通り大事なところでそれが役に立ったんだから正解だったわけだ」 「ありがとう。それにしても本当に何も褒美を貰わなくて良かったの?あんな計画を阻止した功労者なんだから、ある程度のことなら通ったと思うわよ?」ミアは勿体ないという顔でこちらを見ていたが、二人とも特に欲しいものもなかったからあの回答で正解だろう。「あぁ、俺は偶々あいつらの話を聞けただけで、襲撃時には何の役にも立ってなかったしな」 「私はついて行って話を聞いてたくらいでしたからなおさらですね」 「聞きそびれていたけど、ロシェは良かったか?もし何かあれば今からでも頼んでみるが」 『特にないわ。もしあるならあの時に言ったわよ』 「そうか。なら問題ないな」俺達は納得したのだが、助けられた側のミアとしては何か納得しづらいようだ。 何かいい案はないかと首を捻っている。「う~ん。じゃぁ私個人に対して
数日の旅路を越えて再びロンデールの街に戻ってきた。「思えばここからミアを連れて行ったんだよな。あの時はあんな大事に巻き込まれるなんて思いもしなかったけど」 「最後には王国の危機を救う手助けになっちゃいましたね」隣でカサネさんがくすくす笑っている。 笑いごとで済んで良かったよ。もし失敗してたら大惨事だったもんな。。「ハロルドさんにもあいさつに行かないとなぁ。とはいえ、まずは彼らの様子を見に行くか。カサネさんはどうする?」 「宜しければご一緒して良いですか?お話を聞いてたから私も妹さんのこと気になります」 「じゃ、一緒に行こうか。ロシェも・・・あっ!あ~ロシェは少し散歩でもしてきてくれるか?実はその子、喘息っていう病気でな。動物の毛とかで病状が悪化する可能性があるんだ」 『そういうことなら仕方ないわね。私はどこかで適当に休んでおくわ』 「悪いな」ということで、カサネさんと二人の家に向かうことになった。 コウタの家に到着し、扉をノックする。「は~い」中から女の子の声が返ってきた。コヨネちゃんのようだが随分元気そうだな。 少しすると扉を開けてコヨネが姿を見せた。「どちらさまで・・・あれ?もしかしてアキツグさん?アキツグさん!お久しぶりです。見て下さい、アキツグさんから頂いたお薬のおかげで私動けるようになりました!こ、こほっ」俺に気づいたコヨネちゃんが嬉しそうに現状を伝えてくれた。勢いが過ぎてまた咳が出てしまったようだが。「あぁ、元気そうで安心したよ。そんなに慌てなくても良いから。コウタは外出中か?」 「はい。お兄ちゃんはお仕事に行ってます。アキツグさんが旅に出たあと少しして、工場の下働きとして働かせて貰えるようになったんです。っと、すみません。もう一人いらしたんですね。初めまして、私コヨネっています」 「初めまして、私はカサネです。アキツグさんとはヒシナリ港で会ってね。それから同行させて貰っているんです」 「わぁ!ヒシナリ港って海があるところですよね?私見たことないんです。いいなぁ。あ、すみません
その後、最近の様子などをコヨネから聞いていると、入口の扉が開いた。「ただいま~っと、あれ?お客さんか?・・・あ!アキツグさんじゃないか。戻ってきたんだ!」 「コウタ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」 「そうなんだ。コヨネがすっかり元気になってさ!全部アキツグさんのおかげだよ!」コウタは俺に気づくと、嬉しそうに俺に礼を言ってきた。「いや、二人が頑張ったからだよ。俺はちょっと手伝っただけさ。でも、今コヨネちゃんにも言ったけど、完治できるかはこれからに掛かってるからな。油断せずにこれからも気を付けるんだぞ」 「うん。うん。アキツグさんの言いつけを守って頑張るよ。そうだ!聞いてくれよ。俺、工場で働かせて貰えるようになったんだ。まだまだ下働きだけど、親方も頑張ってるって褒めてくれてさ!」コウタも初めて会った頃と違ってすっかり明るくなったようだ。 約束通り盗みも止めていたし、働き口も見つかったようで安心した。 これなら、コヨネちゃんも良くなっていくだろう。「あぁ、コヨネちゃんからも聞いたよ。頑張ってるみたいだな。二人が元気になって俺も嬉しいよ」 「お兄ちゃん、気持ちは分かるけどカサネさんにもちゃんと挨拶して」コヨネちゃんがそう言うと、コウタはそこで初めてカサネが居たことに気づいたようで、慌てて謝った。「あ、ご、ごめんなさい。俺、コウタって言います。コヨネの兄です」 「初めましてコウタ君。私はカサネです。気にしなくても大丈夫ですよ。ふふっ、二人とも本当にアキツグさんのことが好きなんですね」楽しそうにカサネが笑った。 コウタが恥ずかしそうにしながらも返事をする。「アキツグさんは俺達の恩人だから。俺はアキツグさんに悪いことをしたのに、話を聞いて妹の治療までしてくれたんだ。いくら感謝してもし足りないくらいだよ」 「誰にだって魔がさすことはある。コウタの場合は妹のためって理由もあったしな。今はちゃんと反省して働いているんだし、そう気に病むことはないさ」 「ありがとう。もうあんなことはしないよ。約束したしな」
攻撃されないことに気づいたハーピィが、少し落ち着きを取り戻したところで、俺はまず言葉が通じるかを確認することにした。「あんた、こっちの言葉は分かるか?」『・・・分かる。荷物奪おうとしてごめんなさい。殺さないで』 「荷物?俺達を狙ってたわけじゃないのか?」 「あの村からくる人達よく良い匂いさせてる。でも、人いっぱいだから諦めてた。あなた達少ないから奪えるかと思った」人がいっぱいというのは恐らく護衛のことだろう。俺達はロシェを入れても三人だし、日持ちする食材を荷台に積んでいた。狙うにはうってつけだったわけだ。「君達の種族はよくこんなことをしているのか?」 『そ、その・・・偶に。で、でももう二度としない。人間がこんなに怖いの知らなかった。約束する。だから助けて』う~ん。これはその場しのぎの様な気もする。怖くなさそうな人間だったら同じことをするんじゃないだろうか?とはいえ、言葉が通じてしまった以上命乞いしている相手を殺すっていうのもちょっとなぁ。。「人間達を襲わなくなったら君達が食糧に困るんじゃないのか?」 『楽じゃないけど、向こうの森には動物沢山いる。私達狩り得意だから大丈夫』 「そうか。なら口先だけじゃなく、本当に人間を襲うのは止めたほうが良い。こんなことを続けていたら、君達を狩る依頼が出されて君達を全滅させに来るぞ」俺の言葉にハーピィはまた恐怖で震えだした。『口先違う。本当に本当。二度と人間襲わない。誓う』 「そうか。仲間達にも人間達を襲わないよう約束させられるか?」 『たぶん、ううん。約束させる。ヒエラも見てたから二人で話せば信じてくれるはず』ヒエラというのはさっき逃げた相方のことだろう。彼女にどれだけの発言力があるかは分からないが、俺にできるのはこれぐらいか。「分かった。それなら今回は助けよう。その怪我も手当てしないとな」 『ほんと?本当に助けてくれるの?』 「あぁ」そう言って俺は傷口を見て効きそうな薬を塗って包帯を巻いた。 薬を塗った時は「痛い!痛い!」と騒いでいたが、少しすると痛み止
ハイン村での取引も問題なく終えられたため、俺達は次の目的地であるマグザの街へ向かっていた。「この辺は結構高い山が多いんだな」 「山岳地帯ですね。ハイン村で聞いたんですが、この辺の山にはハーピィの巣が結構あるらしいです」 「ハーピィ?」聞いたことのない言葉に俺が質問を返すと、ロシェが説明してくれた。『半人半鳥の魔物よ。翼で空を飛ぶことができて、上空から襲い掛かってきたり、魅了の歌で男を虜にしたりするわ』 「え?!それって大丈夫なのか?」 「今は二人も魔導士が居ますし、仮に魅了の歌を使われても私には効かないので大丈夫ですよ」 「二人、二人かぁ。まだちょっと自信はないな」 「ふふっ、少しずつ精度も良くなってますし、ハーピィに対して雷の魔法は相性が良いはずですから。期待してますね」カサネさんが楽しそうに笑う。ここ数日彼女には色々と魔法の指導をして貰っていたのだ。期待に応えられるように頑張らないとな。『あら、噂をしたらというやつかしら。早速来たみたいよ?』ロシェの声に視線の先を見てみると、翼を広げた女性のようなシルエットが二体、上空からこちらに向かってきていた。「アキツグさん、私が動きを止めますからそこにライトニングを」 「分かった」カサネさんの指示に従って呪文を唱え、タイミングを待つ。「エア・バインド」彼女が呪文を発動するとハーピィの1体が見えない鎖に縛られたように動きを止めた。それを確認してから、俺は狙いを定めて魔法を発動させた。「ライトニング」落雷はハーピィの片翼の付け根辺りに当たっていた。今回も微妙に狙いからずれてしまったが、バランスを崩したハーピィはそのまま落下した。 もう一方のハーピィはこちらに向かってきていたが、相方が雷に撃たれたのを見ると慌てて山の方に逃げて行った。「片方は逃げましたか。直ぐに逃走を選択するなんて意外と知能は高いんですかね?」 「どうだろう?本能的に危険を察知しただけかもしれないしな」そう言ってから、落ちたほうのハーピィの方に呪文
ロンデールの街に戻ってくると時刻は夜になっていた。「こんな展開になるとは思わなかったな。ミアには感謝しないと」 「交渉失敗の手紙を出す前で良かったですね」 「まったくだ。とはいえ、あんなのに襲われたことを喜ぶ気にはなれないけど」 「それはそうですね」 『ほんとよ。私は情けないところ見せちゃったもの』などと、この二日間の出来事を振り返りながら宿に戻ってきた。「おかえりなさい。今日は良いことがあったみたいですね」宿の扉を開けるとリリアさんが出迎えてくれた。 昨日ロシェのことで気落ちしていた時も励ましてくれたし本当に優しい人だ。「えぇ。ちょっと内容は言えないんですが、色々と良い方向に転びまして」 「あら、そう言われると気になっちゃいますね。ふふふっ」そう言いつつも深く聞く気はないようだ。そのまま厨房に戻り夕食を用意してくれた。俺達は美味しい夕食を頂いてその日は眠りについた。 翌日、俺達は朝食を取ってからリリアさんに街を出ることを告げ、ハイン村へ向かうことにした。「牧場か~どんな感じなのか楽しみですね~」 「エストリネア大陸の方では牧場を見たことなかったのか?」 「えぇ。私はクエストが多い街付近にいることが多かったですから。牧場自体はあちらの大陸にもありましたけどね」 『・・・来たわよ』不意に休んでいたロシェが声を掛けてきた。 少しして、右側の茂みからガサガサと物音がすると3つの影が飛び出してきた。「ゴブリンですね。アキツグさん出番ですよ」 「あ、あぁ。やってみる」まだ馬車までは距離がある。俺は慎重に呪文を詠唱する。「ライトニング」直後、落雷が左端のゴブリンの右腕を焼き貫いた。「グギィャ!」 「おぉ、当たった!」 『直撃とは言い難いけど、命中率は上がってるわね』 「ほら、アキツグさん。油断せずに次です。次!」ゴブリン達は突然の落雷に怯み、戸惑っていた。 俺は言
「取り合えず入ってくれ。お茶くらいはごちそうするよ」そう言って昨日と同じクレル茶葉のお茶を入れてくれた。 お茶を入れてから、タミルさんは少し何かを躊躇うように考えているようだった。 気にはなったがいつまでも黙っているわけにもいかないので、俺はまず昨日の礼を言うことにした。「あの、昨日はロシェを助けてくれてありがとうございました。タミルさんがあの時にあいつの気を逸らしてくれなければどうなっていたか」 「あ、あぁ。気にしないでくれ。それに俺も救われた気分なんだ。今度は助けられたって」 「助けられた?」俺が聞くとタミルさんは昔を懐かしむような顔で話を続けた。「あぁ。聞いてるかもしれないが、俺も小さい頃は町で暮らしていてな。その時飼っていた犬が居たんだ。コルンって名前でな。わんぱくな子犬だった。 あの日、俺が庭で魔法の練習をしていた時にいつもと違う感覚がして、気が付くと詠唱していた魔法が暴発してしまった。運の悪いことに魔法の着弾点に立てかけられていた木材とコルンが居て、コルンは木材の下敷きになってしまった。俺は慌てて助け出したんだが、その時にはもう手遅れだったんだ。。 それ以来、俺は自分の魔法を信じられなくなった。それで父親から習っていた狩猟の方を本格的に勉強して狩人として森で暮らすようになったんだ」そこまで語ってから、タミルさんはロシェの方をしばらく見て、「あの時、毒を浴びて苦しそうに倒れるその子が俺にはあの時のコルンに重なって見えた。あの男がロシェに近づこうとしたのを見て気づいたら魔法を放っていたんだ」なるほど。あれだけ魔法の使用に拒否反応を示していたタミルさんがあの時魔法を使ったのはそういう理由だったのか。「あのあと俺は長らく使ってなかった魔法の反動で意識が少しぼんやりしていたが、あんたがその子を抱えて出ていくのを見て、その子を大切に思っているんだなってことが分かった」 「あ、あぁロシェは大切な仲間で友達だからな」俺は少し照れながらもタミルさんの真剣さに向き合って正直に答えた。「友達・・・か。そうか。よし、決めた。この前は
その後、街の医者に診て貰うことでロシェは一命を取り留めた。 やはりあの男が持っていた薬瓶の一つが解毒剤だったらしい。 毒を受けて時間がそれほど経っていなかったのもあり、1日休めば良くなるだろうと聞いて俺は胸をなでおろした。「よかった。本当に良かった」 『助けに入ったつもりが、助けられた上に心配かけちゃったわね。ごめんなさい』 「ロシェが謝ることなんて何もない。それにロシェが時間を稼いでくれなかったらカサネさんも間に合わなかったかもしれない」 『そう言って貰えたら助けに入った意味もあったわね。アキツグが森の方へ来るのに気づいたから何かと思って様子を見に近づいたのだけど、あんなことになってるなんてね』あの時、ロシェがあの場に居たのはそういうことだったのか。 突然のことで俺は言う通りに行動することしかできなかったがロシェとカサネさんがカバーしてくれたおかげで助かったわけだ。「あぁ、俺も宿の食堂で昼食を取っていたらいきなり手紙が届けられてな。何かと思ったら脅迫状であんなことになったんだ。あの時の生き残りが俺を狙うなんて思わなかったよ」 『どこで誰に恨まれるかなんて分からないものね。今回は原因があったわけだから、筋違いってわけではないけれど』そこまで話していたら、部屋の扉がばん!と音を立てて開かれた。 驚いて振り返ると、そこには走ってきたのか息を切らせてこちらを見るカサネさんが居た。「ロシェッテさん、大丈夫ですか!?」 「あ、あぁ時間が経ってなかったから明日にはよくなるって。やっぱりあいつが解毒剤を持っていたよ」 「そ、そうですか。よかったぁ」ほっとしたのか、カサネさんはその場で大きく深呼吸をしている。『カサネ、助けてくれて、そして今も心配してくれてありがとう。あなたが居なかったら危なかったわ』 「仲間を助けるのは当然のことです。ロシェッテさんが無事で本当に良かったです。こちらに来るまで気が気じゃなかったですから」落ち着いたのかカサネさんはロシェの隣まで来ると彼女の体を優しく撫でた。 ロシェも撫でられて
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」 「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。 部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」 「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。 と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」 「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。 食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」 『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』 「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している